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中国という国 [雑感]

中国核実験、32年間で46回、129万人が被害を受け、うち75万人死亡

このことを友人に教えられ、そして http://blogs.yahoo.co.jp/naojuv/60720741.html のブログ記事を見ました。やっぱりという感と改めてこの国の底知れぬしたたかさ、それを見ぬふりをしてきた日本をはじめとした各国のふがいなさを感じました。確かに事実かどうかわからないところはありますが限りなく事実に近い…中国に住んで色々な事実が見事に統制されて住民には届かない現実をみるにあたりそう思います。

これで北朝鮮のことをとやかく言えるわけもなく、「慎重な姿勢」でいなければならないわけです。このことを中国人の友人に問いかけてみたところ、まったく知らない。国内ではおよそこの手の報道は皆無です。メールで愛国心を煽ったり、伝えると統制の邪魔になる情報は徹底して排除したり・・・そういえば先日NHKニュースの最中、天安門事件についてのコメントが出た直後にテレビが全くものを言わなくなり30分くらいシーンとしていました。単なる電波障害かとも思いましたが、いろいろ考えてみるとこれも意図的に遮断されていたのではないかと疑ってしまいたくもなります。

上海に…新型インフルエンザ!!! [日記]

ついに上海で感染者が出ました!!

以下領事館からの緊急メールです。

⇒2009年5月25日 在上海日本国総領事館 1.上海市及び浙江省の感染確認(中国第10、11例目)  5月25日、中国衛生部は、上海市及び浙江省において新型インフルエンザ(H1N1型)感染事例が確認された旨公表しました。上海市及び浙江省においては、初めての感染確定事例となります。  中国(香港を除く)での感染確定者は、これで、四川省1名、山東省1名、広東省1名、北京市5名、福建省1名、浙江省1名、上海市1名の計11名となりました。   (1)上海市における確定病例  感染が確認されたのは、オーストラリアの大学で働いていた30歳の中国籍男性で、5月23日午後、CA178便でメルボルンから上海に到着しました。中国入国時の検査で体温が38.8度だったため、空港の検疫職員により上海市内の感染症病院に移送され、隔離治療となりました。同患者によると、21日午後から鼻水が出て、22日午後には発熱の自覚症状があり、自分で検温したところ39.2度だったので解熱鎮痛剤を服用したとのことです。  5月24日、上海市疾病予防コントロールセンターが患者のサンプルについて検査したところ新型インフルエンザウィルス陽性となり、25日、中国疾病予防コントロールセンターの再検査でも陽性が確認されました。  現在、患者の病状は安定しているとのことです。また、上海市衛生部門は濃厚接触者48名に対して引き続き医学観察を実施していますが、体調を崩している濃厚接触者はいないとのことです。また、現時点では、本件に関連して日本人が医学観察の対象になっているとの情報はありません。 (2)浙江省における確定病例  感染が確認されたのは、ニューヨークの大学で留学中の20歳の中国籍男性で、5月22日早朝、MU588便でニューヨークから上海に到着、更に同日午前に上海から温州に移動しました。22日、患者は発熱の自覚症状があり、23日に病院に行き検温したところ38度であったため、入院措置となりました。喉の痛みや咳などの呼吸器症状があったとのことです。  温州市疾病予防コントロールセンター及び浙江省疾病予防コントロールセンターが、患者のサンプルを検査したところ、新型インフルエンザウィルス陽性となり、25日、中国疾病予防コントロールセンターの再検査でも陽性が確認されました。  現在、患者の病状は安定しており、既に判明している4名の濃厚接触者は定点医学観察を受けていますが、異常な症状はあらわれていません。浙江省の衛生部門は関係部門とともに、この他の濃厚接触者の捜索を行っています。また、現時点では、本件に関連して日本人が医学観察の対象になっているとの情報はありません。
でも発生の仕方、ちょっとおかしいと思うんですが。
日本での発生に何日か遅れて少しずつ感染者が発表されていますが、どうもわざとらしい。感染者を出した各国から帰ってきた人を水際でつかまえて対処したということをことさらアピールしているようにしか見えないのは、私だけでしょうか。 その後も国内での二次感染が全く発生していないことになっています。それこそそんなわけないじゃないかと言いたい気持ちです。土壌菌だけでなく、レストランに行っても決して衛生的とは言えない環境下で欧米や日本でどんどん感染が広がった今回の新型インフルエンザが広がらないわけがないような気がします。とにかく手洗い・うがい等自己防衛を徹底するだけです。


蘇州のタイムズスクエア [見どころ]

久光百貨店.jpg今年1月16日にオープンした久光百貨店、これは日本ではそごうデパートにあたるそうですが、行ってきました。とにかくでかい。蘇州市東部の開発はすさまじい勢いで進んでおり、市の中心部から建設中の地下鉄がつながれば、超近代都市が出来上がりそうです。ルネッサンスホテル付近を超える園区の新しい中心部に確実になりそうです。百貨店はとにかく何でもあり。日本のあらゆるものが所狭しと並び、弁当やおにぎりといった和食も充実。本当にここに来ればお金さえあれば何でも揃いそうです。単身赴任者にとっては一度来ればまあいいかといったところですが、家族連れにとっては一日過ごすことのできるアミューズメント地区の出現です。まだ公共の乗り物は整備されていないためタクシーに乗ってタイムズスクエアと言えばOKです。
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寒さ本番! [日記]





11月はじめは少し気候も穏やかになりこんなもんかとたかをくくっていたところ、中旬からにわかに冷え込み、今日23日日曜日は雨も降っているせいか心身と足元から冷えてきた。外にも出られず、マンションの一室に閉じこもりそれこそ衣食住をそこで賄う勢いでいろんなものを持ち込んで冬眠体制に入った。
暖房器具等を探しに店まで行ってみてもどれもたいした効果は期待できそうもなく、結局厚着とエアコン、そしてあっためた紹興酒でこの冬を乗り切らざるを得ない状況に情けなさも手伝って、涙でも出てきそうな心境だ。
隙間だらけの日本の木造とは違うが、中国のマンションはだだっ広く作りが雑であるため、特に冬場は大理石調の床から冷気が上がってエアコンも効きそうにない環境にある。会社も寒いし、風呂であったまろうにもこれがまた広すぎて長くいると風邪をひきそうな状態。3月初頭まで約3ヶ月半の試練になりそう。ネットで日本の暖房器具を見てみると足元暖房とか、こたつ、あるいは湯たんぽ等なんといろんな種類がある事かびっくりしてしまう。このきめの細かさを中国が身につけたときは日本にとって大きな脅威になるかもしれないと思った。

中国雑感 [文化]


中国の危ない食品―中国食品安全現状調査


中国産農作物と食品安全問題 (筑波書房ブックレット―暮らしのなかの食と農)


中国にきて約半年、外から見ても危ない国だったが中で住んでみてますますその感を強くした。
●夏にあったYAHOOシャットアウト。2週間余り続いてどうなる事かと思ったが、現地の人や欧米人に聞くと、順番に海外のサイトのシャットアウトをトライしていたとのこと。オリンピック時期で何かあった時の情報封鎖なのだろうか。そういえば、四川大地震の続報や日本で騒がれている食品問題について詳細な報道を見ることが異常に少ないように思う。日本のサイトから初めて知ることも1回や2回ではなかった。
●この冬流行が心配されている新型インフルエンザについても全く詳細は国民に知らされていない。昨年も鳥から人にインフルエンザが移ったという報道で鳥を一時的に食べなくなったそうだが、それが今度人から人にそれも恐ろしい勢いで感染する可能性持っていることなど知る限りの新聞・ニュース・サイトでは見ることができない。現地社員の意識も全く危機感を持っていない。
●先日の乳製品へのメラミン混入も大きく取り上げられすべての製品が検査され混入ゼロのものは何か細かく一覧で公表されていたが、その瞬間の情報だけで過去どうだったのか、大丈夫とされる日付以降のものが本当に大丈夫なのか中国人でも定かでなく、その結果日本円で1,000円以上もするプレミアム牛乳がバカ売れする始末。全くのど元過ぎればの感大で、10月も後半になるとそんな情報は忘れ去られたような感じ。
●とにかくこの国は共産党一党支配ではあるが、実はその陰で明らかなる軍事国家のような気がする。前述の情報統制、一人っ子政策、その陰で密告の奨励(2人目を隠れて作ったことを密告すると奨励金が出るそう)等々。文化大革命を境に昔の古き良き中国は終わったという人も多いが、そうなると実は中国は100年足らずの歴史しか持たない極めて危ない国家ということになる。
●人々は公共の場で礼儀を知らない、というかないのかもしれない。レストランでも食べカスやナプキンをそのまま下へ落とす、客が帰った後も特にきれいに掃除するわけではない、街中も推して知るべし。そのかわり毎日道路を掃いたりゴミを拾ったりする人々が市からやとわれて随所に見られる。そういえば家庭から出るごみについても「分別」という肝炎はゼロ。すべて同じ袋か何かに入れてゴミ箱に出されると、そのゴミをあさって中からペットボトルや缶・瓶等をより分けて集めていく人たちがぐるぐると回っている。観光地に行って飲み物を飲んでいるともうすぐ終わりそうになるとそういう人たちが周りに集まってくる。
●その中で一部の階級の収入はとんでもなく高そうである。平気でベンツに乗ってマンション何部屋も持って、週末にはリゾートに出かけて・・といった生活をしている層が確実にいる。月収1,000~3,000元(約15,000円~45,000円)、部長クラスでも10,000元程度(15万円)の収入の人たちにとっては、1食100元もそれ以上もする日本食や西洋料理は食べられないはずだが、必ずそういったレストランでもやってくる層が数多くみられる。
●会社の金を使ってどれだけ自分を豊かにするか、そういった感覚が横行している。こんなものがというようなものが社外に持ち出され販売されている。いわば会社にたかっている感さえする。日本で騒がれているコンプライアンスの意識は少なくとも従業員からはみじんも感じられずまた国際社会に向けて発信される国や会社の情報もその場その場を実に巧妙にかいくぐっていると見たほうが自然。とにかく中身は全く無茶苦茶な状態のように思う。
こんな中で生活していこうとおもうとまず疑ってかかれ、信じられるのは自分が直接収支関与したことだけというのもうなずけるような気がする。

紹興

紹興酒の故郷、紹興市に行く機会がありました。
ここは、それだけでなく周恩来元首相、魯迅のゆかりの土地としてもよく知られています。周恩来は准安という街で生まれ、父親の死後この街に引き取られてきたとのことです。また魯迅はここ紹興市で生まれ、ここを舞台に「阿Q正伝」「故郷」といった名作を書きました。その生家は記念館になっていて魯迅の手紙や手稿等が展示されており、また寝所や台所がそのまま残っています。
その他、この紹興市には、蘭亭(晋代の書家王義之が「蘭亭の序」を作ったところ)や府山公園越王台、古運河等、訪れるべき場所の多い街です。

蘇州博物館 [文化]

蘇州博物館は蘇州市の古城区北部にあります。この建物は新館と休館に分かれていて、新館は2006年10月に、ルーブル美術館のガラスピラミッドを設計したことで有名な中国アメリカ人 イオ・ミン・ペイが設計した建物として有名です。彼は1917年広州の銀行家の家に生れましたが、彼の祖先は蘇州の名門一族で、この家は獅子林を所有するほどの勢いがあったとか。その他の作品としては、ハーバート・ジョンソン美術館(NY)、ジョン・F・ケネディ記念図書館(ボストン)、中国銀行(香港)、そして日本にもミホミュージアム(滋賀県)等枚挙に暇がありません。1983年には建築界のノーベル賞ともいわれるプリッカー賞を受賞する等、幾何学の魔術師としての力をいろいろな作品に発揮しています。こういううんちくをゲットして実際に現地に行くと、見るべきポイントが分かって大変興味がわきます。蘇州博物館の新館は、中国の伝統的な屋根の形の中にガラス・光・そして稜線の直線が融合した独特の雰囲気を醸し出しており、中身(陳列物)よりもむしろ建物そのものの存在感に圧倒されました。 おかげで隣にあった休館はパスして帰ってきました。

中秋節 [文化]

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今日から3連休。旧暦(農暦)の8月15日はは、中国の三大節句の一つ、「中秋節」です(残りの2つは旧暦の正月である「春節」と旧暦5月5日の「端午節」)。月は古来より「家族団欒」を代表してきました。その月が1年で最も丸く、明るく照り輝く日が旧暦8月15日ですので、この日を中秋節とし、家族団欒を表わす日となりました。中国の何れの伝統的な節句にはその時節にふさわしくこれを食べないと節句を過ごした感じがしない!という食べ物があります。端午節は「ちまき」、清明節になると「潤餅」と決まっています。そして、中秋節には月餅とザボンを食べます。
街の店では写真のような「月餅」が溢れかえっています。スーパーの通路という通路に何百種類もの月餅が並んでいます。値段もいろいろ・・・同じような箱でも30元(約450円)から700元(約10500円)くらいのものが見られました。見かけは写真のようなものが一般的ですが、割ってみると中の餡は何種類もあるとのこと。もう一つびっくりしたのはその包装です。日本ではおよそ菓子箱としては過剰包装しっかりした立派な箱に布を敷いてその中に
収まっています。
ところでこの機会に中秋節の由来を調べてみました。日本にいるとただ中秋の名月という印象しかなかったけど、一つ一つ由来があるのだと改めて感心です。
その由来とは・・・
中秋とは秋の真ん中という意味です。中国人は丸い月を団欒の象徴と考え、豊かな収穫を目前にしたこの日に家族が集まり、月餅を食べ、幸せで円満な生活を祈ります。
唐代には白居易、杜甫など中秋の名月を詠んだ歌が多く、この頃には中秋の月見が盛んだったことがわかります。 月餅が中秋節に食べられるようになったのは、明代のころと考えられており、『煕朝楽事』にこの夜に賞月の宴が開かれたことが書かれています。 清代には裕福な家で月餅や果物を贈り、瓜や果物、月餅を庭に並べて月に供えていたことが『燕京歳時記』に書かれています。 昔、昔、そのまた昔、10の太陽が一度に空に現れたことがありました。大地は荒れ果て、海は干上がり、人々は暮らしを立てることすらできなくなりました。このころ后(ゲイ)という勇敢な若者がいました。その力は万斤の宝の弓を引くことができ、どのように恐ろしい獣でも射ることができたといいます。彼は人々の苦しむ様子を見て宝の弓と神の矢を持って一気に九つの太陽を射落としました。最後の太陽は許しを乞い、后が怒りを静め弓を納めて、太陽に人々のために決まった時間に昇り、沈んでいくことを約束させました。  后の名前は天下にとどろき、人々は彼を敬いました。その後彼は嫦娥(じょうが)という娘を嫁に取りました。嫦娥はとても美しく、そして穏やかで、聡明な女性でした。二人の仲はむつまじく、幸せに暮らしていました。とくに嫦娥は心やさしく、常々夫の狩ってきた獲物をみなに分け与えており、人望も厚いものがありました。そしてみなは、后はよい嫁をもらったとうわさしておりました。  ある日、狩の途中で后は一人の年老いた道士に出会いました。老道士は后の人となりに感服し、一包みの不老長寿の薬を与えたのでした。この薬を飲めば不老長寿を得ることができ、天に上り仙人になることができるのです。しかし后は妻や自分の周りの人々とはなれて一人天に赴こうとは思いませんでした。家に帰ると不老長寿の薬を嫦娥に渡し、つづらの中にしまわせたのでした。  このころ、后のもとには、彼の威名をしたって多くの人たちが集まっていました。その仲に蓬蒙(ほうもう)という悪賢いものがおりました。蓬蒙は不老長寿の薬を奪い、自分で飲んで仙人になろうと考えたのです。  その歳の8月15日 后は弟子たちを連れて狩に出かけていました。夕暮れ前に蓬蒙はひそかに戻り、嫦娥の部屋に忍び込み不老長寿の薬を渡すよう嫦娥に迫ったのです。嫦娥はやむにやまれず薬を全部飲んでしいました。すると彼女の体は突然軽くなり、窓を抜け出し、一直線に空高く舞い上がったのです。しかし彼女の夫を思う気持ちは強く、地上から一番近い月に彼女は降り立ちました。  后が家に戻ったとき、すでに妻・嫦娥の姿は見えませんでした。侍女の話でようやく后は事の次第を知ったのでした。急いで外に出て月を見てみると、、月はいつもよりも丸く、いつもよりも輝いて見えました。それは愛する妻が自分を見守ってくれているようでもありました。彼は覚悟を決めて月を追いかけました。しかしどうしても月にたどり着くことはできません。后は妻を思うと心張り裂けんばかりでした。彼は庭に嫦娥の好きだった果物などをおき、彼女を祭りました。近くの人たちもそれにならい、果物をのせたテーブルを供え心やさしい嫦娥をしのんだのでした。  次の年の8月15日夜。この日も月は特別に丸く、明るく輝いていました。そして后はこの日も果物をたくさん置いたテーブルを月明かりの元に供えて妻を思ったのです。それが毎年続き、世間にも伝わり、8月15日が中秋であったことから中秋節としてお祭りするようになったということです。  月の月宮に入った嫦娥ですが、彼女は日々夫を思い、故郷を思いどのようなご馳走も美しい舞も彼女の心を和ませることはできなかったといいます。毎年8月15日、嫦娥は宮城の門の外に出て、はるか地上の故郷を眺めるのでした。この彼女の美しいその顔が、月を、さらにさらに輝かせ、さらに丸く見せるのだということです。
⇒丸い月餅は家族団欒を象徴しています。月餅を食べる習慣は、元朝末年に始まりました。当時中原〈今の中国の住む人々〉の人々は蒙古族の統治を嫌いました。多くの志士達が決起して元朝を倒そうと試みましたが、各地に散らばる武力をどうしても団結させることができず、団結するための情報を伝達する良い方法もありませんでした。
もしそのような呼びかけの掲示を出したものならば即、元朝の役人に取り締まられて死罪になるのでした。しかし各地の蜂起は地方単位の小さな決起のためにすぐに潰されてしまいます。元朝に打ち勝つためには中国各地で同時に立ち上がる必要がありました。一斉に立ち上がるためには朝廷に知られずに各地に伝達しなければなりません。
その頃、道士劉伯温という戦略家が良い方法を思いつきました。彼は、「近々疫病が発生するが、中秋節の時に月餅を買って食べれば災難を逃れることができる。」と言う噂を流しました。それを信じた人々は、皆月餅を買って帰ります。導士の術を信じた人々は中秋節まで食べずにとっておきます。中秋節に食べなければ効果がないのです。何と行っても病には逆らえません。当時の人々は信じたのです。
中秋節当日に人々は月餅を切って開きました、なんと中には紙切れが一枚隠されていて、そこには「8月15日武装蜂起」と書かれているではありませんか。各地の人々は次々とその決起の合図に応えて立ち上がり、一致団結して瞬く間に元朝を倒しました(これにより、劉伯温が明の太祖、朱元璋は宰相になったのです)。月餅は、この時より中秋節にはなくてはならない食べ物になったとのことです。
⇒ザボン
中秋節の時分には、ちょうどザボンが最盛期を迎えます。ザボンは中国語で、「柚子(ヨウズ)」といい、同じく中国語で子供に加護があるという意味の「佑子」と同音です。縁起が良く、平和を意味することから、ザボンも中秋節の食品に加えられました。台湾では台南の麻豆文旦(ブンタン)が一番有名です。


運河の街 [文化]

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5元で交通旅遊図(バス路線の乗った地図)を買って、縦横無尽に書いてあるバス路線のカから何番のバスに乗ればいいのかにらめっこした上で、2元バスに乗って蘇州古城区まで行ってきました。B.C.514年、春秋時代に呉の都に定められたのが始まりで、明清時代には中国の経済・文化の中心だった水の都蘇州は、旅行ガイドブック等では「東洋のベニス」と書かれています。イタリアのベニス(ベネチア)にも1度だけ行きましたが、そのあくまでヨーロッパ的な趣とは異なり、ただ運河があるという共通点以外は、蘇州は蘇州です。 あくまで東洋的な運河と街並みあり、行き交う人も当たり前ですが、賑やかな中国人、周囲は腐豆腐のすごい臭いとともにほこりにまみれた、それでいて確かに歴史の重さを感じさせるような風景でした。ただ近くに寄ってみると運河はどぶ臭くとても優雅に船に揺られてという訳にはいきそうもなかったので、1時間余りかかる運河遊覧はパスしました。
蘇州は中国で最も多くの科挙合格者、文人士大夫を輩出した土地であり、中国の文化をもリードした彼らによって育まれた繊細で「淡雅」な文化を有した古都です。その名残がこの古城区には至る所にありそうです。「上有天堂、下有蘇杭」(天には極楽があり、地上には蘇州・杭州がある)という言葉があることからも、お寺、博物館刺繍の工場、あるいは土産物屋を除くと銀細工や切り絵等、非常に繊細な文化の一端を感じられると思うので、これから休みを使っては2元バスで蘇州内をくまなく回ってみようと思っています。 今日は人で溢れかえった観前街経由で古城区とその西の新区の境界近くにある石路(スールー)まで足を伸ばしてみました。
9月になって、園区現代大通りには赤い布を棒の先につけて道路端で座っている「蟹売り」が多くみられるようになりました。上海蟹の一大産地(数千ヘクタール以上の養殖面積を持つ。養殖は0.07ヘクタール当たり300匹前後がMaxらしく計算すると・・・・・!!)である陽澄湖を有したこの地区ではこれから数カ月にわたって蟹一色に染まるとのこと。陽澄湖は蘇州の重要な水源の一つであり、水質は飲料水として利用可能な2~3級を維持しながら 一方で上海蟹の産地として有名とのことです。(最近水はどんどん濁ってきていると地元の人は言っておりここでも環境破壊は深刻なようですが)





亀ゼリー [食べ物]


薬膳 亀ゼリー250g x 6個

ゼリーって知ってましたか?亀ですよ!これは中国デザートの一種で、主成分は、亀の腹甲等部を砕いて高温抽出した亀エキス(まさしく亀です)と、タンポポ・くちなし・天草・涼粉草などの植物で成り立っています。 古来より中国南方地方や香港で日常的に食べられていた健康食品が、女性の間で「美容にいい」と評判が立ち、大ブームになって皆に知れ渡るようになったとのこと。すべて天然成分で作られているから、身体にいいというのもうなずけます。
その亀ゼリー、普段は中華料理店で食べたり缶詰のものが市販されていますが「亀苓膏粉」という粉末で売っているものを購入して湯に溶かし、これを常温で放置することで家庭でも手軽に作ることができます。果物を添えたりして食べるもよし、冷やして食べるもよし、原料が何か知らない状態で食べると、ちょっと変わったコーヒーゼリーといった雰囲気でしょうか?
今オリンピックの真っ盛り。北京においてもこの亀ゼリーがCNNでも取り上げられていました。北京だけでなくここ蘇州でも中心部には大画面が据えられ、常時オリンピック中継が流され競技の動向に大歓声が沸いています。まさしく国をあげてという感じが伝わり、会う人会う人挨拶は中国の金メダルの数の話題でもちきり。10億人を超える人間の中からこのオリンピックのために10年以上の歳月をかけて人を選りすぐり鍛え上げてきた成果がいろいろな競技の動向を通して見えてきます。ただし、国民性かチームワーク、あるいは組織プレーを必要とする分野の種目においては、やはり無理があるようです。今朝から、女子マラソン、レスリング、競泳と朝から地元テレビの実況中継にくぎづけの1日です。


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